(その13の続き)
ロサンゼルスの空港はとても広かった。
待ち時間のための施設へ行くバスの中で、「なんてぜいたくな土地の使いっぷりだろう」と相方と話していた。
空はとてもよく晴れているが空の青が希薄。
日差しは強く、建物はきらきらと光りを反射しているのに、空は曇りの仮面をつけているようでちょっととまどってしまう。
建物の影だけが地面に色濃く映っていて、目の前の景色を見ていても現実感がない。
濃いジャパン・ブルーの青空が個人的には好きだ。
味も素っ気もない場所で待ち時間を過ごした。
ラリホー♪なアメリカンな雰囲気が全然なくて気持ちが殺伐としてくる。
待ち時間はさすがに長く、いいかげんお腹も空ききってしまった。
ガマンできずにホテルで買っておいたポテチをバリバリと食べた。
同じように手持ちのお菓子を開けて食べている人の姿がそこここに。
しかしなんでここに売店がないのだ?
ざわざわと列が出来始めた、そろそろ搭乗できそうな時間が近い。
私と相方はクールに待っていた。座席はどうせ同じだったから慌てても何も変わらない。
他にもゆったりと椅子に座ったままの人がけっこういた。
意外と日本人が多い。一人旅の女性や若いカップルなど。旅慣れているのかな。
キレイな若い娘さんやキャリア積んでますみたいな妙齢の女性などは誰かと携帯電話で話していたり、ノートパソコンを開いて何やらチェックしたりしていた。
日本語や英語や中国語でアナウンスされ、列がますます長くなった。
列の中に、ラスベガスで見た全身エルメスの上品なおばさまが誰かと話をしながら並んでいた。
さっきビジネスの人はお先にどうぞ~というアナウンスがあったのに。
ロサンゼルスからの客層か外国人度が高い。日本人や韓国人も多いけど海外生活長いですみたいな。
離陸後、すぐにドリンクのサービスがあり、飲み終わったカップの回収の後すぐに食事になった。
食事はメインを二つから選べるようになっていたが、後ろから2番目の席だったのに選ぶことができた。
時にはどちらかが品切れになることもあるけれど、行きも帰りも後部座席なのに選べてラッキー。
海外の航空会社に乗ったときは平気で「フィッシュオンリー」と強硬な姿勢で言われたこともあったなぁと思った。
機内食(昼食)を食べ、食後の飲み物を飲み、モニターを見たりしていると機内が暗くなった。
外は当然明るい。雲の上だ。
帰りのこの飛行機ではけっこう席に余裕があるので、座席を移ったり、4人分を使って横になって眠る人もいた。
私と相方は映画を観ていた。いろいろあったが、ちょうど始まった映画にチャンネルを合わせて見始めたらなかなかひきこまれそうになった。
相方にこれをみよと薦めて、二人で同じ映画を観ることにした。その映画は、
「着信アリ2」
お話の感想はこちら→映画レビューにあるので割愛するが、ミムラが好演していた。
この映画は「着信アリ」の続編らしいが、私も相方も観ていなかったにも関わらず最後まで観れたのでびっくり。
映画を観た後はNHKのニュースを観たり(行きの飛行機内で見たニュースばっかり)、音楽を聴いたりした。
周りは眠っている人が多い。
私は移動している乗り物の中で眠ることが苦手なので、目がらんらんと冴えてしまっている。
眠れなくても神経を休める為にと思い時々目を閉じてじっとした。
と、突然赤子の鳴き声が響きはじめた。
何かを訴えたくて仕方がないような鳴き声だった。しかし、しばらくしたら聴こえなくなった。
あんまりぴたっと鳴き声が止まってしまったのでかえって心配になった。大丈夫かしら?
けっこうな時間が過ぎて、モニターには座席に座ったままできるストレッチが始まった。
それに従ってやり始めると挙手するように手を上に挙げなければならないが、私を含めて何人かの手が挙がっていた。
行きの時もこれをやった。そして行きも帰りもペットボトルの水が配られる。
エコノミー症候群(でしたっけ?)対策のためだろう。
機内のトイレ付近やスペースがあるところで、ストレッチや体操をしている人もけっこういる。
大抵の人はスリッパや靴下になったり、楽なパンツに着替えたりしていた。
やっぱりみんな何かしら心がけているんだな~。私も相方もお水をごくごくと飲むようにしていた。
そっと窓を開けて外を見ると、行きの方向の地平線がほんの少しだけ明るくなっていた。
今この飛行機は夜明けに向かって飛行しているのだろう。
パープルじゃない・・・。とちょっと思ってしまった。八神順子ではないが、夜明けには紫のイメージがついてしまった。
それからずっと飛行機は順調に航行した。安定した飛行で揺れもない。
到着前にもう一度、「夕食」が出た。全体的にJALの食事は美味しかった。
海外の航空会社よりも口に合うのは当然だが、絶対に食べられないものとかなかったのでよかった。
まあでも今度は事前に食事の指定ができたらしてみたいと思った。
到着時間は予定通り、東京は雨なので時々揺れるからというアナウンスどおり、時々揺れた。
あんなにハッピーな楽園から一変、どんよりな日本かよと思った。
まさかまだ梅雨には早いよねと自分の中で確認を終え、そうだ日本という国はどんな匂いがするんだろうと思った。
ラスベガスのような香りは無理でも、お香のような上品な、典雅な香りを期待したい。
外はいよいよ明るくなり、窓を開けると真っ白で水滴が窓に張り付いてきた。
なんだかあ~あという感じ。初めて日本を訪れる人に悪いことしたなという気持ちになった。
日本に来た人が少しでもいいことに出会えますようにと思った。
雨の中、着陸。振動無しでお見事。
空港に着いて、飛行機の中からの景色がこれ。ちっとも色気がない。
空港は、何の匂いもしなかった。強いて言えば、日本の国の匂いは無味無臭?
つまんねー。魅力とか全然感じられない。あーがっかり。
残ったドルを円に換えようとレートを見たらえらいことに。どう考えても大損だ。
まあ急いで使う予定もないので、レートがいい日までドルで持っていることにした。
荷物をピックアップしてリムジンバスの時間を調べるとちょうど乗れそうな便があった。
乗車券を2枚購入してバスの停留所に並んだ。
やっと帰ってきたよ~あ~あ、ラスベガスよかったな~また行きたいな~行けるかな~の私。
この写真だとかなり凹んでいる。ぐったり。
銀座界隈のホテルに行く便と、赤坂界隈のホテルに行く便の次が私たちの地元に行く便だった。
バスを待っていると、見覚えのある団体が。同じバス停から乗るらしかった。
ジャニーズふうの団体。まさか私たちと同じバスではないだろうが。
銀座方面行きの次に赤坂方面行きのバスが来た。彼らは全員そのバスに乗り込んだ。
そうですか。赤坂のホテル行きですか。
さようならナゾのヤングマンたちよ。いつか貴方がたの正体がわかるといいな。
私たちの乗るバスはちょっと遅れてやってきた。
数人の客がバスに乗り込んだ。みんな無言でぐったりと椅子に身体を預けていた。
渋滞もなく高速をひた走るバス。だんだんと空が暗くなっていき、景色が夜に包まれた。
首都高に乗るとネオンが白々しい明るさを放っていた。東京タワーや六本木ヒルズでさえ作り物のように見えた。
留守にしていた家は、停滞した空気が私たちに抵抗しているようだった。
出かける直前に使ったものがキッチンに置かれていたり、
脱ぎ捨てた衣服が寝具の上にあったりなのを見て、少しずつ馴染んでくるのが感じられた。
半分寝起きのような感覚で荷物の整理をし、お茶を淹れて飲んだ。
玄関の下駄箱の上には何かあったときのための緊急連絡先と、
旅の直前に入った海外旅行保険の保険証書が置かれていた。
この保険は海外旅行から帰宅したら終わりというわけではなく、
帰ってから10日から2週間くらいまで有効だ。
SARSなど、潜伏期間が長い病気の為だという。
実は帰ってから微熱っぽい。まさかSARSではないだろうが、疲れが出たのかな。
結局翌日は午後の14時まで起きれなかった。それでもまだ時差は緩和されていない。
帰国してから2~3日は微熱が続き、足のむくみがとれなかった。
相方の足は大変なことになっていた。膝から下は全体にむくんで指で押すとものすごくへこんだ。
足首から下はパンパンになっていた。足の甲や足首の骨の存在が感じられないほどまん丸。
4、5日過ぎる頃にはおさまってきたが、長時間飛行機に乗るのって怖いと思った。
幸い、今日までSARSの発症はしていないし、足のむくみもあれ以来ない。
日本の無味無臭さにちょっとがっかりしたものの、旅行の荷物も3日後には片付き、6月に入る頃には頭も日本モードに戻った。
身体のほうは、この楽天のサイトに「ラスベガス旅日記」を書くときに時差が生じるくらいである。
ここまで「ラスベガスはじめて旅日記」を読んでくださってありがとうございます。
乱文で申し訳ありませんが、私にとっていい想い出になりました。
これからも旅をした時は訪れた場所だけでなく、出会った人、空気感、雰囲気や感じたことなどを拙い文章ですが書き留めていければと思っています。