檸檬
松栄堂でお香とお香立てを買い込み、てくてくと次の目的地へ歩く。
職人さんの街かというくらい古くから続く素敵なお店が立ち並んでいる界隈。
じっとりと粘つく汗を流しながら白昼夢のように白んだ陽射しの中を歩いた。
足元の影は短い。
じりじりと焼ける肌を気にする余裕なんてなくて、食事をどこでとるかという重要な案件もどうでもよくなってくる。
古い建具や骨董の店に並ぶ商品はインテリア好きの人や日本趣味の外国人にはたまらないだろう。
アンティークな和洋折衷品や、年季の入った茶箪笥や家具ががらくたのように積み上げられている。
このうちのどれかひとつでも絵になるようなものばかり。
宝箱をひっくり返したような場所を横目にひたすら歩くと、「一保堂茶舗」の看板が見えた。
しかし大規模な改修工事で店全体が白いカバーで覆われている。
がっくりと肩を落とすが、仮店舗が近くにありそこで営業しているらしい。
不本意ではあるが仮店舗に行くと、すかさず冷たくて甘い抹茶が出された。
ギラギラと照りつける日差しにやられていた身にはありがたかった。
濃い抹茶味にほんのり甘味が混じる中には、細かいフローズン状の塊があってそれが舌と喉を滑り落ちる。
期間限定アイス抹茶のもと。お値段も手頃なのでガサっと買い込むことにした。
仮店舗とはいっても広くって、昔ながらのショーケースなぞも置かれている。
そこにはずらっと主力商品たちが陳列されている。貫禄のラインナップだ。
渡鬼に出てきそうな白い衣装を身につけ、妙齢の店員さんたちがお客さんたちをぱきぱきとさばいている。
いり番茶や青柳という銘のお茶やアイス抹茶などをたくさん購入した。
が、ここで煎茶を買うのを失念。(だって高いんですもの…)
どっちゃりと買いこんで店を後にする。
この後は京都芸術センターの中にあるカフェに行き、そこでカフェめしを食べる予定。
移動のための地下鉄の駅を目指して町を歩く。
うだうだだるだると重い足取りの中、商店街っぽい一角に来ると相方が騒ぎ出した。
梶井基次郎の小説「檸檬」に出てくる店らしい。
基次郎は私も好きな作家さんだが、相方はこの作品に造詣が深い。
学校の教科書に「檸檬」が載っていたらしいので思い入れがあるらしい。
私の習った教科書には梶井基次郎のはなかったのでちょっと悔しい。
教科書とは縁の無い生活になってから梶井基次郎を知ったからだ。
「ここら辺(京都とか関西のという意味だろう)にあるとは思っていたけどまさかこことは」
としみじみとする相方。
改めて店を見るが、なんというか想像していたよりずっと庶民派?
梶井基次郎の繊細で流麗な小説では現実味を感じなかったのに、
その舞台となった場所にいるというのが不思議な気持ちだ。
静かに興奮しながら足を進める。
大きな通りに出たと思ったら京都市役所だった。なんという偉そうな建物なんだ!
この辺は本能寺という地名だが、あの本能寺は違う場所にあるんですよね?
市役所のすぐ傍には某大手ホテルがあった。ふーん。
近くに地下鉄の駅はないかと探すが、ここまで来るともう疲れてしまったので予定を変更することにした。
カフェ飯はパスしてこのまま中心地へ行き、茶寮辻路里で食べようということにする。
(続く)